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菅谷昭氏からメッセージ


チェルノブイリ原発事故後、5年半にわたり甲状腺ガンにかかった子どもたちの治療にあたった菅谷昭氏から甲状腺検査継続を求めるメッセージが届きました。

 

 

 

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チェルノブイリの原発事故の医療支援に携わり、間近で健康被害を診てきたものとして、甲状腺検査を継続的に行なっていくことは被害を受けた当事者の健康影響を最小限で食い止めるために必要なものであり、今後起こり得る新たな事故に対する対策を後世に残すという意味でも、とても重要なことであると認識しておりました。ところが、東京電力福島第一原発事故から間も無く10年というときに、甲状腺検査の方向性を変える様な事が話し合われているということをお聞きしてとても驚いております。

私は2012年7月にベラルーシ共和国を再訪し、保健省母子部門部長から現在の状況を聞いてきました。その内容は、汚染地に居住している6〜17歳の子供たちに対し、国による定期健診を現在も年2回行なっており、1回目は内分泌専門医・眼科医・歯科医の検診で、甲状腺超音波検査・血液検査・尿検査などを行い、希望者にはホールボディーカウンターも行っている。2回目は小児科医による健診が主体で、必要があれば甲状腺の健診も行っている。診察や検査で異常が確認された場合には、公的医療機関で精査を行っている。汚染地で生活している18歳以上の住民に対しても、年1回の健診を行なっており、汚染地の子供達には毎年1ヶ月の保養を実施している。これらの健康対策にかかる費用は、すべて国家が負担しているとの事でした。おそらく、チェルノブイリ原発事故から34年経過した現在も継続して行われていると思います。人類が経験したことのない原発事故の被害を被った国として、とても正しい選択だと思います。ベラルーシ共和国に限らず、チェルノブイリの経験が記録されていたからこそ、今回の東京電力福島第一原発事故の時に放射線から身を守るためにとても参考になったのです。不幸にもチェルノブイリと同様のINES level7という大きな事故となってしまった今回の原発事故ですが、次にまた起きるかもしれない原発事故の教訓としてしっかりと記録を残していかなければならないと思います。

チェルノブイリと同様に少なからず汚染のある地域に住んでいた子供たちに甲状腺検査を継続的に行うことは、当時の子供たちの健康を見守るという意味でとても重要なことです。そしてまた長期にわたり同世代の検査を繰り返すことで原発事故の影響が明らかになり、それによって国からの補償を受けることも出来るという意味でも重要なことです。しかし、残念ながら県民健康調査甲状腺検査として行われている現在の福島の子供たちの検査は、平成25年度以降に生まれた子供たちの検査は行われていないようです。やや片手落ちな感じもします。

2011年の東京電力福島第一原発事故からはまだ9年しか経っておらず、当時の子供たちの健康状況の把握もまだ不完全な現状で、学校での検査(以下「学校検査」)を続けるべきかどうかという議論がなされる事は私には全く理解が出来ません。学校検査は、仕事を休んで検査に連れて行くなど保護者にかかる負担を軽減し、「検査を希望する子どもたちが等しく受診できる機会を確保」するためにはとても重要なものです。

学校検査を含めての甲状腺超音波検査自体が、過剰診断であり過剰な治療につながるから問題であるという意見も出ているようですが、この考えにも私は賛同できません。過剰診断という考え方の根拠に使われているのは、大人に対する甲状腺超音波検査が過剰診断につながるという知見だと思いますが、それはあくまでもがん検診によるデータであり、少なからず放射線の影響を受けている福島の子どもたちに同様に当てはめて良い話ではないと思います。そもそも、日本の甲状腺専門医は「がん世代」に対する甲状腺超音波検査は過剰診断の可能性があると20年以上前に気づいており、それに合わせて「甲状腺充実性病変の精査基準」が作成されています。手術適応に関しても、欧米とは違う抑制的な手術適応で治療してきましたが、治療成績は欧米と比較しても遜色ない結果を残しています。福島の子供達の検査・治療は、その精査基準・治療基準にあわせて行っているので「過剰な治療にはなっていない」と、福島県立医大で治療を行なっている鈴木眞一先生もお話しされています。

過剰診断という言葉が出てくる根拠としては、福島の場合はチェルノブイリより被ばく線量が少ないので、現在見つかっている甲状腺がんは被ばくの影響ではないという仮定があるとも聞いております。しかし、チェルノブイリも今回の原発事故も、個人個人の正確な被ばく量は全くわかっていないわけですし、放射線誘発ガンに関しては「しきい値」がないことは国際機関も認めている事実です。被ばく線量が低いこと自体は、過剰診断の根拠にはなり得ないわけです。

私は福島の子どもたちに放射線の影響があるから検査を継続すべきであると言いたいのではなく、放射線の影響があるかどうかをしっかりと記録するべきであると言いたいのです。その理由は検査を受けれないことで、病状が進行した段階で発見される子どもたちが多く見つかった場合、検査を縮小しようとした人たちが責められることになります。その様なことになったら、甲状腺ガンになった子どもたちも、信念に基づき検査を縮小しようと提案したものにとっても、お互い不幸なことになってしまいます。被ばく線量が低いという不確かな根拠で軽率に検査縮小を論じるのではなく、少なくとも放射線の影響があるのかないのか明らかになるまでは、現在の検査体制を維持し継続すべきだと思います。

 <引用:菅谷氏スライドより>

菅谷昭:プロフィール

1943年長野県生まれ。1968年地元の信州大学医学部を卒業。甲状腺疾患の専門医としての道を歩む。1986 年 4 月 26 日、チェルノブイリ原発事故が起きる。ベラルーシ共和国で子どもの甲状腺がんが多発していることを知り、信州大学を辞し、1996年にベラルーシに渡る。甲状腺専門の外科医として、自身の知識と技術をささげ、現地で 5 年半の医療支援活動を行う。帰国後、長野県衛生部長を経て、2004 年から松本市長を4期16年務める。2011 年 3 月11 日東日本大震災発生後、松本市は福島などの汚染地から避難してくる人を積極的に受け入れる。2020年10月、松本大学/松本大学松商短期大学部 学長就任し現在に至る。

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